Netflix『あいの里3』に第1話から初期メンバーとして登場したKEIさん。イケメンで高身長なのに、控えめな雰囲気が印象的でした。
第14話でピアノに打ち込んでいた過去が明かされ、経歴を調べてみると、オスカープロモーションの「竹井良」さんのプロフィールと多くの共通点が見つかりました。
Netflixの公式情報では、KEIさんの本名が正式に公表されたことは確認できていませんが、竹井良さんのInstagramやYouTube、Amebaブログには、モデルやピアノに関する興味深い経歴が残されています。
この記事では、
- KEIさんの本名と竹井良さんとの共通点
- 前橋高校や留学などの学歴と進路
- パリコレ・テレビ出演など過去の経歴
- ピアノへの再挑戦と2010年の初ソロコンサート
- Instagram・YouTube・Amebaブログの情報
について、公式プロフィールや本人のブログなどの公開情報をもとに詳しく見ていきます。
※この記事には『あいの里3』第15話までのネタバレが含まれます。
KEIの本名は竹井良?オスカー公式プロフィールとInstagramを調査
『あいの里3』では「KEI」という名前で紹介されていますが、本名ではないかと注目されているのが、モデルやピアニストとして活動している竹井良(たけい りょう)さんです。
オスカープロモーションに掲載された竹井良のプロフィール
大手芸能事務所オスカープロモーションの公式サイトには、竹井良さんのプロフィールが掲載されています。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 竹井良(たけい りょう) |
| ローマ字表記 | RYOU TAKEI |
| 生年月日 | 1977年8月30日 |
| 年齢 | 49歳(2026年10月時点) |
| 出身地 | 群馬県 |
| 身長 | 185cm |
| 特技 | ピアノ・作曲 |
| 趣味 | 軽登山 |
| 主な経歴 | モデル、パリコレ出演、テレビ出演、ピアノ演奏・作曲 |
プロフィールを見ると、モデルとしての活動だけでなく、ピアノや作曲にも取り組んできたことがわかります。
また、竹井良さん名義のInstagramアカウント「@ryotakei08」も紹介されています。
モデルとしての姿だけでなく、ピアノに関する投稿も見られるアカウントです。
この投稿をInstagramで見る
Instagram:RyoTakei 竹井良(@ryotakei08)
KEIと竹井良は同一人物?年齢・出身地・特技を比較
『あいの里3』のKEIさんと竹井良さんは同一人物なのでしょうか。
番組でKEIさんは、群馬県出身の48歳で、職業は不動産管理業とモデルと紹介されています。
一方、竹井良さんは1977年8月30日生まれの群馬県出身で、身長185cm。モデルとしての活動歴があり、ピアノも特技としています。
竹井さんは2026年10月時点で49歳ですが、番組で紹介された48歳という年齢は、撮影当時のものと考えれば矛盾するとは限りません。
第14話で明かされたKEIさんのピアノ経歴も、大きな共通点です。
出身地・年齢・モデル経験・ピアノなど、複数の特徴が重なっていることから、KEIさんと竹井良さんは同一人物である可能性が高いと考えられます。
KEIという名前の由来は「竹井」から?
気になるのが、番組で使われている「KEI」という名前の由来です。
竹井という名字をローマ字にすると「TAKEI」。
その後ろの部分には「KEI」という文字が含まれています。
もしかすると、名字の一部から番組での名前を付けたのかもしれません。
本人が名前の由来を説明した情報は確認できていないため、あくまで一つの考察です。
では、竹井さんはどのような学生時代を送り、モデルになるまでにどんな経験をしてきたのでしょうか。
あいの里3のKEIの学歴は?前橋高校卒業後の留学と進路
竹井良さんの経歴を調べてみると、学生時代から音楽に親しんでいた一方で、高校卒業後には思い描いていた進路を変更した経験があることがわかりました。
出身高校は群馬県立前橋高校?大学はどこ?
竹井良さんの出身高校は、群馬県立前橋高等学校です。
2016年に開催された八王子音楽祭の出演者プロフィールに、同校を卒業したことが明記されています。
前橋高校は群馬県内でも歴史のある県立高校として知られています。
竹井さんは高校時代、合唱団の伴奏を担当したり、バンド活動でロック音楽に親しんだりしていました。
また、作曲にも興味を持ち、音楽大学への進学を考えたことがあったそうです。
周囲の実力の高さを目の当たりにして、自信をなくしてしまったと本人のブログで振り返っています。
大学については、卒業した学校名などの情報は確認できませんでしたが、高校卒業後には海外の大学への進学を目指していた時期があったようです。
Amebaブログで明かした海外渡航と帰国の理由
竹井さんは自身のAmebaブログ「無印『良』品」で、高校卒業後の進路について詳しく振り返っています。
高校卒業後、別の道を目指してアメリカへ渡りましたが、現地での生活になじめず、大学の授業が始まる前に帰国することになったそうです。
ブログでは、群馬からいきなりアメリカへ渡ったことで、カルチャーショックが大きかったのではないかと振り返っています。
海外で新しい生活を始めようとしたものの、想像していた環境との違いに戸惑うこともあったのでしょう。
将来を考えて海外まで渡ったのに、大学生活が始まる前に帰国することになったのは、大きな方向転換だったと思います。
その経験を経て別の仕事やモデル活動につながっていくところに、人生の意外な展開を感じますよね。
予備校からアルバイト生活へ!劇場で働いた過去も
帰国後は東京の予備校に通う予定だったようですが、実際にはあまり通わず、アルバイトをする日々を送っていたと語っています。
その中には、演劇の劇場で働いた経験もありました。
劇場での仕事を通じて演劇の魅力に触れたことは、その後の音楽表現にも影響したようです。
本人のブログでは、当時の経験が、音楽だけでなくさまざまな要素を組み合わせた総合的な表現を目指すきっかけになったと振り返っています。
留学が思うようにいかなかったことも、アルバイトに時間を費やしたことも、後から振り返ると無駄ではなかったのかもしれませんね。
さまざまな仕事を経験した竹井さんは、ホテル勤務を経てモデルの世界へ進むことになります。
KEIの過去の経歴は?ホテル勤務からパリコレモデルへ
竹井良さんは、最初からモデルになることを目指していたわけではありません。
ホテルで働いていたときの出会いが、本格的なモデル活動への転機となったそうです。
群馬と東京のホテル勤務からモデルになったきっかけ
海外から帰国し、東京でアルバイトを経験した竹井さんは、その後、地元の群馬県に戻ってホテルで働き始めました。
数年間勤務したのち、再び東京へ移り、ホテルの仕事を続けていたといいます。
そんなとき、モデル事務所を紹介されたことが大きな転機になりました。
以前にも登録制のモデルの仕事をアルバイト程度に経験していたそうですが、本格的なモデル活動につながったのは東京のホテル勤務時代だったようです。
ホテルで働いていたことがモデルの世界へつながったというのは意外ですよね。
また、竹井さんはホテル勤務を通して、人をもてなす姿勢の大切さを学んだとも振り返っています。
こうした社会人経験が、その後の活動にも生かされているのかもしれません。
エルメス・アルマーニにも出演!パリコレモデルとしての経歴
竹井さんは24歳頃からモデルとして本格的に活動を始めました。
国内で経験を積むうちに、パリやミラノのファッションショーにも挑戦したいと考えるようになったそうです。
オスカープロモーションの公式プロフィールには、次のようなブランドやショーへの出演歴が掲載されています。
- エルメス(HERMES)のパリでのショー
- ジョン・ガリアーノ(Galliano)のパリでのショー
- エンポリオ・アルマーニの来日ショー
- ヒューゴ・ボスの来日ショー
- プラダ(PRADA)のショー
エルメスやアルマーニ、プラダといった有名ブランドの名前が並んでいることにも驚きます。
イオンのファッション広告やヤクルトの企業広告、雑誌「MEN’S CLUB」など、ファッションショー以外にも活動の幅を広げていました。
ホテル勤務を経て、世界的ブランドのショーに出演するまでになったという経歴からは、モデルとして積み重ねてきた経験の大きさがうかがえます。
KEIの人生を時系列で整理!学生時代からあいの里3出演まで
ここまでの歩みを時系列で見ると、学生時代からモデル活動、そしてピアノへの再挑戦まで、さまざまな転機があったことがわかります。
| 時期 | 主な出来事 |
|---|---|
| 中学時代 | 13歳頃にピアノを習い始める。合唱祭の伴奏で失敗し、挫折を経験 |
| 高校時代 | 合唱やバンド活動、作曲を経験。音楽大学への進学も考える |
| 高校卒業後 | アメリカへ渡るものの、大学開始前に帰国。東京で予備校や劇場のアルバイトを経験 |
| 社会人時代 | 群馬と東京のホテルで勤務。東京でモデル事務所を紹介される |
| 2001年頃 | 24歳頃から本格的にモデル活動を開始。後にパリコレなどにも出演 |
| 2007年頃 | 30歳頃からクラシックピアノに本格的に取り組み始める |
| 2010年2月 | 32歳で初のソロコンサートを開催 |
| 2011年 | 「静寂の音 Vol. II」のコンサート映像が残されている |
| 2012〜2015年 | バラエティ番組やテレビドラマなどに出演 |
| 2026年 | 『あいの里3』シーズン3にKEIさんが出演 |
竹井さんは一つの道をまっすぐ進んできたというより、環境の変化や挫折を経験しながら、自分の進む道を見つけてきたように感じます。
モデルとしての経歴だけでなく、テレビドラマやバラエティ番組への出演歴もあるため、次に詳しく見ていきましょう。
KEIの過去のテレビ出演歴は?ドラマやバラエティにも出演
竹井良さんはファッションモデルとして活躍する一方で、テレビ番組にも出演した経験があります。
公式プロフィールには、日本テレビ系のドラマやバラエティ番組への出演歴が掲載されています。
2015年のドラマ「ワイルド・ヒーローズ」に乃木坂役で出演
竹井さんは2015年4月期の日本テレビ系ドラマ「ワイルド・ヒーローズ」に、乃木坂役として出演した経歴があります。
「ワイルド・ヒーローズ」は、EXILEのTAKAHIROさんが主演を務めたドラマです。
乃木坂は、第2話の序盤に登場するカラオケ店「ウララ」の店員役で、出演時間は1分に満たない短い場面だったとされています。
出番はわずかだったようですが、モデルとして活動する一方で、テレビドラマにも出演していたことがわかります。
「スター☆ドラフト会議」などバラエティ番組の出演歴
ドラマ以外にも、竹井さんはバラエティ番組や音楽に関するテレビ番組に出演していました。
| 年 | 番組名 | 出演情報 |
|---|---|---|
| 2012年 | スター☆ドラフト会議 | 日本テレビ系の番組に出演 |
| 2012年 | 東京エトワール音楽院 | 準レギュラーとして掲載 |
| 2015年 | ワイルド・ヒーローズ | 乃木坂役で出演 |
特に「東京エトワール音楽院」への出演は、ピアノや作曲にも取り組んでいた竹井さんらしい経歴だと感じます。
モデルだけでなく、ドラマや音楽番組など、幅広い分野で活動していたんですね。
あいの里3で華やかな経歴を前面に出さなかった理由を考察
ここまでモデルやテレビ出演の経歴を知ると、『あいの里3』でのKEIさんの印象がずいぶん変わってきます。
第1話から登場していたKEIさんですが、序盤は自分の魅力を積極的にアピールするというより、慎重で、自信が持てないような姿が印象的でした。
そんなKEIさんに、パリコレやテレビ出演の経験があったと知って驚きました。
これほど華やかな経歴があるのに、番組ではそれを前面に出していなかったですよね。
本人が意識して経歴を隠していたのか、番組の編集によるものなのかはわかりません。
肩書きや実績ではなく、今の自分を見てもらいたかったのかもしれない、とも感じました。
過去に成功した経験があるからといって、恋愛にも自信が持てるとは限りません。
華やかな世界を経験してきた人にも、人には見せない悩みや迷いがあるのだと感じさせられました。
第14話から第15話にかけて明かされたピアノの過去は、KEIさんを見る印象をさらに大きく変えるものでした。
KEIのピアノ経歴は?13歳の挫折から30歳の再挑戦まで
KEIさんの経歴の中でも、特に印象深いのがピアノです。
竹井良さんはピアノ演奏だけでなく、作曲にも取り組んでおり、バンド活動や舞台音楽の制作も経験していました。
本人のAmebaブログには、13歳でピアノを始めたきっかけや学生時代の挫折、大人になってから本格的に音楽へ向き合うまでの道のりが詳しくつづられています。
13歳からピアノを始めたきっかけと学生時代の挫折
竹井さんがピアノを始めたのは13歳の頃です。
中学校の音楽の授業が始まる前、何気なくピアノを弾いていたところ、その演奏を聞いた先生から習ってみることを勧められたそうです。
そこで近所の音楽教室に通い始めましたが、当時は練習にもあまり熱心ではなく、1年足らずでやめてしまいました。
それでも学校では伴奏を続け、合唱祭でもピアノを担当することになります。
ところが本番で指揮より早く弾いてしまい、大きなショックを受けたと振り返っています。
本人にとって、これが人生で最初の大きな挫折だったようです。
高校時代にもピアノを習い直しましたが、難しい曲が思うように弾けず、音楽に対する苦手意識を感じた時期がありました。
それでも合唱の伴奏やバンド、作曲など、音楽との関わりは途切れなかったようです。
高校の先生から自分の編曲を褒めてもらった経験は、その後も励みになっていたと語っています。
30歳頃からクラシックに再挑戦!2010年には初ソロコンサート
モデルとしてさまざまなショーに出演するようになった竹井さんですが、華やかな仕事を経験する中で、自分が本当に続けていきたいことを考えるようになったそうです。
そこで改めて向き合うことにしたのがピアノでした。
竹井さんは30歳頃からクラシックピアノに本格的に取り組み始め、2007年からの活動はオスカープロモーションの公式プロフィールにも記載されています。
2010年2月には初めてのソロコンサートを開催しました。
大人になってから本格的にクラシックへ挑戦し、コンサートを開くまでになったというのは、相当な努力があったのではないでしょうか。
本人のAmebaブログでも、以前は自信のなさから練習をやめてしまったり、せっかくの助言を生かせなかったりした過去を振り返っていました。
また、『あいの里3』第14話でも、KEIさんは病気によってピアノを諦めた経験を語っています。
学生時代から何度も壁にぶつかりながら、それでも音楽と向き合い続けてきたことが印象的です。
こうした過去を知ると、KEIさんにとってピアノは、単なる特技ではなく、人生の中で大切な存在だったのだと感じます。
2011年「静寂の音 Vol. II」のYouTubeコンサート映像
竹井さんのピアノ演奏は、YouTubeでも見ることができます。
公開されているのは、2011年のコンサート「静寂の音 Vol. II」の演奏映像です。
2010年の初ソロコンサートとは別の公演で、その翌年にも演奏活動を続けていたことがわかります。
動画:2011 静寂の音 Vol. II(9/10)竹井良
実際の演奏を見ると、モデルとしての活動だけでなく、ピアノにも真剣に向き合ってきた竹井さんの姿が伝わってきますよね。
あいの里3・第14話で明かされたピアノの過去と第15話の告白
『あいの里3』第14話では、KEIさんが病気によってピアノを諦めた過去を抱えていたことが明かされました。
学生時代にもピアノで挫折を経験していたKEIさんですが、病気によって思うように演奏できなくなったことは、また違ったつらさがあったのではないでしょうか。
そして第15話では、ワカメさんへの思いを伝えるために、即興でピアノを演奏しました。
ピアノだけでなく作曲にも取り組んできたKEIさんらしい、心に残る告白だったと思います。
この場面には感動しました。
序盤のKEIさんは、見た目はかっこいいのに、どこか自信がなく不器用な印象がありましたよね。
ワカメさんのためにピアノを弾く姿からは、それまでとは違う真剣さや優しさが伝わってきたように感じます。
ピアノを始めてから何度も挫折し、それでも再び音楽と向き合ってきた竹井さんの歩みを重ねると、ただ演奏が上手というだけでは語れない重みがあります。
また、モデルやピアノの実績をアピールするのではなく、大切な相手に気持ちを伝える場面でその一面が見えたことも、KEIさんの魅力を強く感じた理由かもしれません。
それでも、これまで積み重ねてきた経験を知ってから第15話を振り返ると、ワカメさんに向けた演奏がより印象深く感じられますね。
KEIのパリコレ経歴と知られざる挫折!本名や学歴も振り返る
『あいの里3』のKEIさんについて、本名や学歴、パリコレ・テレビ出演などの過去経歴を調べてきました。
今回わかった主な内容は次のとおりです。
- KEIさんと竹井良さんには、出身地・年齢・モデル経験・ピアノなど多くの共通点がある
- 竹井良さんは群馬県立前橋高校を卒業している
- 高校卒業後にアメリカへ渡ったものの、大学開始前に帰国した経験がある
- 群馬と東京でホテル勤務を経験し、24歳頃から本格的にモデルとして活動した
- エルメスやアルマーニ、パリコレなどのショーに出演している
- 「ワイルド・ヒーローズ」などテレビ出演歴もある
- 13歳頃にピアノを始め、30歳頃からクラシックに本格的に取り組み、2010年には初ソロコンサートを開催した
個人的に一番印象に残ったのは、第15話のピアノ演奏でした。
過去の挫折や再挑戦を知ると、ワカメさんに向けたあの演奏にも、さまざまな経験を重ねてきた人ならではの思いが感じられます。
華やかなモデル経歴だけでなく、思いどおりにいかなかった経験も含めて、KEIさんの魅力がより深く伝わってきました。
ワカメさんとの恋を通して、少しずつ自分の気持ちに素直になっていくKEIさんの姿。
最初は控えめで自信がなさそうだったKEIさんが、恋愛に真剣に向き合い変わっていく姿を見て、ますます応援したくなりました。

